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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)8904号 判決

総武信用組合

事実

原告吉田栄治は請求原因として、本件建物はもと原告の所有であつたが、昭和三十三年八月五日これを被告関戸茂に対し昭和三十六年九月三十日までに買戻をなし得る約定のもとに金三百二十万円で売却し、昭和三十三年八月七日買戻約款附の所有権移転登記手続を了した。その後昭和三十六年九月三十日、原告は右約旨に基き金三百二十万円および契約の費用金五万円(別に約定はなかつたが、費用を償つて余りある金額である)合計金三百二十五万円を被告関戸に現実に提供して買戻権を行使する旨の意思表示をした。よつて右建物の所有権は原告に帰したものというべきであるから、右金員の交付と引換に右不動産の所有権移転登記手続を求める。

一方、被告総武信用組合は被告関戸茂に対し金五百万円を昭和三十六年九月六日、利息日歩二銭八厘、弁済期昭和三十八年九月三十日の約で貸与したとして、本件不動産につき昭和三十六年九月十三日受付を以てその旨の抵当権の設定登記をなし、更に右債務を弁済しないときは右不動産の所有権を移転する旨の仮登記手続をしたのであるが、これらは何れも登記した買戻権利者たる原告には対抗し得ないものであり、従つて右買戻権の行使により右建物の所有者となつた原告は、被告総武信用組合に対し右各登記の抹消登記手続を求める、と主張した。

被告関戸茂および同総武信用組合は答弁として、本件建物の売買については登記簿上買戻特約付売買なる旨の記載があるが、右は原告および被告関戸茂が相通じてなした虚偽の意思表示であるから無効である。仮りに単純な売買でないとすれば、右は原告主張のような買戻約款附売買ではなく、期限昭和三十六年九月三十日、代金額は時価と定めた再売買の予約であるから、原告の本訴請求は理由がない、と抗争した。

理由

原告と被告関戸との間に原告主張のような買戻の契約が成立したか否かについて判断するのに、証拠を綜合すれば、原告は東京都築地中央市場内にある本件家屋で昭和三十年頃から練物商を営んでいたところ、昭和三十三年頃になつて訴外太洋金庫から三百万円余の債務を負担するに至つた。そこで原告は右債務を完済するため、大阪の同業者である訴外小谷権六に本件家屋を賃貸し、その権利金として支払われた金員を以て右債務の弁済に充当しようとしたところ、小谷が右家屋を根拠として東京の市場に進出することは東京の同業者営業に対する恐怖を引起すことになるので、周囲の同業者から右原告の処置に対する反対運動が起つて来たため、原告はこれに対し他の金融方法を考えなければならなくなつた。そこで原告はその主人の訴外金子銑太郎に善後策を相談したところ、同人はその知人の魚仲買人水野辰之助を頼んで金融先を捜させた結果同人は原告の同業者である被告関戸を紹介したので、原告は同被告との間に本件家屋につき昭和三十三年八月五日次の如き買戻特約附の売買契約が成立した。

(イ)  原告は被告関戸に本件家屋を金三百二十万円で売り渡す。

(ロ)  原告は昭和三十六年九月三十日までに右売買代金を以てこれが買戻をなし得ること。

よつて同月七日右買戻特約附の所有権移転登記をなすと同時に原告は右代金を受け取りこれを前記債務の弁済に充てると共に、被告関戸は右家屋の占有を受け、その後これを訴外荒木鷹市に一カ月金五万円の賃料で賃貸し右賃料は被告関戸がこれを受領していたこと、を認めることができる。被告らは、右売買は単純な売買契約で買戻の約款は右家屋の所有権が移転されるときは右家屋の敷地の所有者の東京都からその営業を取り消される虞があるので登記簿買戻約款付売買なりと表示したもので、右は当事者が相通じてなした虚偽の意思表示である。仮りに然らずとしても、原告主張のような買戻約款付売買ではなく、期限を昭和三十六年九月三十日、代金額は時価と定めた再売買の予約である旨主張するけれども、この点に関する被告関戸茂の供述は信用し難く、その他前記認定を覆すに足りる証拠はない。

証拠を綜合すれば、右買戻期間内である昭和三十六年九月二十八日、同月三十日原告は代理人訴外武井利雄をして前記売買代金三百二十万円、契約費用金五万円(別に約束はないけれど、売買の費用を償つて余りある金額である)を持参して被告関戸方に赴かしめ同被告に右金員を提供して本訴物件買戻の意思表示をなしたことが認められるから、これによつて本件売買契約は適法に解除され、当時これが所有権は原告に復帰したものといわなければならない。

しかして、右買戻特約後に登記された被告総武信用組合の本件抵当権および停止条件付所有権移転請求権はいずれも消滅したこと明らかであるから、被告関戸に対し原告から金三百二十五万円の交付を受けると引換に本件建物につき所有権の移転登記を求める請求および被告組合に対する各登記の抹消を求める請求はいずれも理由がある。

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